最近の調査では、高齢になっても自分の歯を多く残せる人が増えていることが明らかになっています。その結果、口腔の健康を維持することが、これまで以上に重要視されています。一方で、歯が多く残ることで新たな課題にも直面するようになりました。
本記事では、しっかり噛めることのメリットや近年の意識変化、さらに高齢者が気をつけるべき口腔ケアのポイントについて、データを交えながら専門家に詳しく解説していただきます。
歯の健康を守ることの重要性と社会の意識の変化
歯が残っていることで得られるメリット
歯が多く残ると、ごはんをおいしく食べられ、しっかり栄養を摂ることができます。さらに、よく噛むことで脳が刺激され、認知症の予防にもつながるといわれています。健康な歯を維持することは、全身の健康を守るためにも重要です。
歯の健康が寿命に与える影響
近年の研究により、歯の本数と体の健康リスクには関連があることが明らかになっています。ある調査では、調査開始時に歯が19本以下だった人は、20本以上あった人に比べて、その後の死亡リスクが1.28倍高いことが示されました。さらに、同じ研究で、3年間で5%以上の体重減少が起こると死亡リスクが上昇することも確認されています。これらの結果から、歯が多く残っていることで栄養を摂取しやすくなり、健康を維持しやすくなる可能性が示唆されます。
高まる口腔ケアへの関心
・日常生活における歯みがき習慣の定着
厚生労働省の調査によると、毎日歯をみがく人の割合は年々増加しており、2022年には97.4%が歯みがきをする習慣があるとされています。特に、「毎日2回以上歯をみがく人」の割合は、1969年では約16.9%だったのに対し、2022年には約79%にまで増加しています。
・予防歯科の浸透
かつては「歯が悪くなったら歯医者に行く」という考え方が一般的でしたが、データからは、歯科受診率の増加が見られ、口腔ケアへの関心が高まっていると考えられます。特に70代以上の高齢者の受診率が顕著に増加しており、2009年には31%だった受診率が、2023年には62%にまで達しました。この15年で受診率が倍増した背景には、高齢者を中心に「歯の健康が全身の健康に深く関わる」という意識の広まりがあると考えられます。
8020達成者が2人に1人の時代に!
1987年の時点では、80歳で20本以上の歯がある人はわずか7%しかいませんでしたが、今では2人に1人以上(51.6%)が達成しています。また、60代・70代の残存歯数も増えており、これは「8020運動」の推進や、歯を大切にする意識の高まりが影響していると考えられます。
歯科医療の進歩や定期的なケアの習慣が広がり、健康な歯を維持する人が増えています。しかしその一方で、歯が多く残ることで、新たな口腔トラブルのリスクや課題も見えてきました。
増える残存歯とともに現れる、お口のトラブル
データで見る高齢者のお口のトラブル
歯が多く残ることは喜ばしいことですが、高齢になるとお口のトラブルが増えやすいことが分かっています。厚生労働省の調査では、65歳以上の約半数が歯周ポケット(歯ぐきの隙間)が4mm以上とされており、歯周病のリスクが高い状態にあるといえます。また、歯が多く残ることでむし歯が発生しやすくなることも指摘されています。
高齢者のむし歯・歯周病のリスク
高齢になると口腔内の環境が変化し、むし歯や歯周病のリスクが高まるとされています。特に、唾液の分泌量は若年者(1日あたり約1〜1.5L)の約1/2〜1/7まで減少するといわれており、その結果、口腔内が乾燥しやすくなります。
これにより細菌が繁殖しやすくなり、口腔トラブルのリスクがさらに高まることが指摘されています。また、加齢により歯ぐきが下がると、歯の根元が露出しやすくなり、根元のむし歯(根面う蝕)が進行しやすくなります。さらに、「オーラルフレイル」により噛む力や飲み込む力が低下すると、口腔内の清潔を保ちにくくなり、歯周病や誤嚥性肺炎のリスクも高まります。
では、高齢者が健康な歯を守るためには、どんなケアが必要なのでしょうか?
高齢者のお口の健康を守るためにできること
歯が多く残っている高齢者に適切な口腔ケア
健康な歯を維持するためには、毎日の丁寧なケアが欠かせません。特に、高齢者の口腔ケアでは歯や歯ぐきを傷つけずに優しくみがける歯ブラシを選ぶことが大切です。また、口の乾燥を防ぐために保湿効果のある口腔ケア用品を活用するのも効果的です。
さらに、唾液の分泌を促すために、水分補給をこまめに行い、よく噛む習慣を意識することが重要です。噛むことで唾液が分泌され、口の中がうるおい、むし歯や歯周病の予防につながります。
要介護高齢者の口腔ケア
要介護の高齢者は、自分で十分な口腔ケアができないことが多いため、誤嚥性肺炎の予防や食事を安全に楽しむためのケアが大切です。
-
誤嚥を防ぐために
体を起こしてケアを行い、食べかすや痰をこまめに除去する。食後のうがいや保湿剤を使い、口の乾燥を防ぐ。 -
歯や義歯の清潔を保つ
柔らかい歯ブラシで優しくみがき、義歯は毎日洗浄する。合わない義歯は早めに調整する。 -
口の動きを維持する
口腔体操やマッサージで噛む・飲み込む力を維持。舌や頬を刺激し、唾液の分泌を促す。 -
専門家と連携する
定期的に歯科医のチェックを受け、必要に応じて嚥下リハビリを取り入れる。
定期的な歯科検診で予防を徹底
高齢になっても多くの歯が残る人が増えていますが、一方で歯周病やむし歯のリスクが高まることが、さまざまなデータから明らかになっています。また、唾液の減少による口の乾燥、噛む力や飲み込む力の低下といった新たな課題も浮かび上がっています。口腔トラブルは歯の問題にとどまらず、全身の健康や生活の質にも影響を及ぼします。
定期的な歯科検診を受け、必要なケアを継続することが、健康寿命を延ばし、より良い暮らしを続けるための鍵となるでしょう。
「歯は命」とか「口が一番大事」などと聞いたことがあると思いますが本当でしょうか?人間の体の部位に大事さの順番は付けづらいですし、目や耳や鼻、脳も内臓も筋肉も血管も大事です。そういった意味ではなくて、「歯」や「口」を守ることにはどんな意味があるのか、という目線でお読みいただければと思います。

【記事監修】戸原玄(とはらはるか)
東京科学大学(旧:東京医科歯科大学) 大学院医歯学総合研究科 医歯学系専攻 老化制御学講座 摂食嚥下リハビリテーション学分野 教授
【経歴】
1997年、東京医科歯科大学歯学部歯学科卒。同大学院、藤田保衛大学医学部リハビリテーション医学講座研究生、ジョンホプキンス大学医学部リハビリテーション科研究生などを経て、現在は高齢者や在宅における歯科医療のリーダーとして、革新的な臨床活動を行うだけではなく、仕組みやフィールド含めた環境整備、エビデンス創出、機器開発、国内外の後進育成などを数多くの活動を実践中。
日本摂食嚥下リハビリテーション学会 認定士・日本老年医科歯科学会 認定医・老年歯科専門医・指導医・摂食機能療法専門歯科医師
【参考文献】
厚生労働省 令和5年国民健康・栄養調査結果の概要
厚生労働省 令和4年歯科疾患実態調査結果の概要
特定非営利活動法人 日本歯周病学会 高齢者の歯周治療ガイドライン 2023
Kusama T,Takeuchi K,Kikuchi S,Aida J,Kondo K,Osaka K. 2023.Weight Loss Mediated the Relationship between Tooth Loss and Mortality Risk. J Dent Res. 102(1):45-52.
